海外のソフトウェア企業、特にGAFAなどの大手では重要な職種として認知されており、日本でもSaaS業界を中心に徐々に浸透しつつある「PMM(プロダクトマーケティングマネージャー)」。
PMMとは、簡潔にまとめると「どうしたらプロダクトが売れるかを考え、それをどうユーザーに届けるかまでに責任を持つ役割」です。
海外ではPMMの役割は明確に定義され、専門性が高く評価されています。しかし、日本企業においては、まだまだPMMの認知度は低く、PMMが担うべき業務範囲や業務の進め方のベストプラクティスを各社が模索している状況と言えます。
この記事では、そもそもPMMとは何なのか、PdMとの違い、PMMの業務の具体例、PMMを設置するメリット・デメリットについて解説していきます。
「PMMについてまずは基本的なことを知りたい」、「PMMというポジションを設置した場合、どんな課題が解決できるのか知りたい」という方はぜひご参考ください。
目次
PMM(プロダクトマーケティングマネージャー)とは?
PMM(プロダクトマーケティングマネージャー)は、「プロダクトの市場導入や販売戦略を担当し、セールスやマーケティングの観点からプロダクトの成功を推進する専門家」と表現することができます。
そもそもプロダクトマーケティングとは、企業全体のブランディングや市場戦略を扱う広義のマーケティングと違い、特定の製品やサービスに焦点を当てたマーケティング戦略および手法のことです。同一企業でも、製品ごとに異なるマーケティング戦略を策定・実施することもあります。
業務内容の具体例は後述しますが、主に以下のような領域を担当します。
- 市場調査とユーザーニーズの特定
- プロダクトのポジショニングとメッセージング
- マーケティング戦略の立案と実行
- セールス支援
- カスタマーサクセスの管理
- コンテンツ作成
PMMというポジションが生まれた背景
そんなプロダクトマーケティングの領域は、これまではPdM(プロダクトマネージャー)の仕事の一部とされてきました。
PdMの業務範囲は多岐にわたり、プロダクトに関わる全てのフェーズに責任を負うのが一般的です。たとえば、プロダクトの企画、開発、リリース、そしてグロースといった範囲です。
プロダクトマネジメントの業務を表す図として、アメリカのDoubleLoop社の創業者CEOであるDan Schmidt氏が定義したプロダクトマネジメントトライアングルがあります。
プロダクトマネジメントトライアングル_多岐にわたるプロダクトマネジメント業務を表す
ー画像引用:https://productlogic.org/2014/06/22/the-product-management-triangle/(編集部にて加工)
プロダクトマネジメントトライアングルは、プロダクトの成功に必要な3つの重要な視点を示した図です。
- ユーザー視点:ユーザーのニーズや課題を理解し、価値あるプロダクトを開発する
- ビジネス視点:市場性や収益性を考慮し、ビジネスとして成立させる
- 開発者視点:プロダクトを実現するための技術的な側面を考慮する
この図は、プロダクトを中心に置き、これら3つの視点をバランスよく考慮することの重要性を表しています。PdMは、これらの視点の間にある空白を埋め、各要素間の関係を適切に機能させる役割を担います。
PdMが担当する領域は以下のようなものがあります。
しかし、このような多岐にわたる業務を1人で担うのはプロダクトの規模が大きくなるにつれて難しくなります。PdMの業務のうち、特に顧客と接するセールスやマーケティング、カスタマーサクセスの業務を切り離して個別のポジションとして定義したのがPMMです。
先ほどのプロダクトマネジメントトライアングルで言うと、ユーザーと開発者をつなぐ役割がPdM、ユーザーとビジネスをつなぐ役割がPMMとなります。そして、開発者とビジネスをつなぐ役割はPdMとPMM双方で分担して行います。
ー画像引用:https://productlogic.org/2014/06/22/the-product-management-triangle/(編集部にて加工)
PdMとPMMの分業体制という新しいスタイルでは、これまでPdMが担ってきた業務のうち、セールス・マーケティング・カスタマーサクセスといったユーザーに近い部門をPMMが担当します。
PMMが必要とされる理由
PMMというポジションは、市場のフィードバックを製品開発に反映させることの重要性が認識されるとともに、主にアメリカで発展したとされています。GAFAなどの大手IT企業を中心に広まりました。
日本でも近年SaaS企業を中心に、PMMというポジションを新設するケースが増えています。PMMの必要性が高まってきている理由は何なのでしょうか。
負担が大きいPdMの役割を分担するため
PdMは、製品の全体的な戦略、開発、リリースに関する責任を負っていますが、その業務は多岐にわたります。PdMは市場調査、製品開発、顧客とのコミュニケーション、そして製品のローンチ後の評価と改善など、さまざまなタスクをこなさなければなりません。このような負担を軽減するためにPMMが存在します。
PMMはマーケティング戦略や顧客ニーズの把握、セールスサポートなど、ビジネスサイドの業務を担当することで、PdMはより本質的なプロダクト課題に向き合う時間を確保できるようになります。
また、分業することで、開発サイド・ビジネスサイドにおいてより専門性の高いアウトプットが期待でき、結果的にプロダクトライフサイクル全体での効率性アップにつながります。
複雑化したプロダクトと組織に対応するため
企業が成長するにつれて、プロダクトや組織は複雑化します。スタートアップにおけるサービスの立ち上げ時はGTM戦略を経営層が担うことも多いです。しかし、プロダクトの成長に応じて、専門性が求められるようになります。特に複数の製品ラインやサービスを展開している場合、それぞれの市場ニーズや競合状況を理解し、適切に対応することが求められます。
※GTM戦略とは?
GTM(Go-To-Market)戦略は、企業が新しい製品やサービスを市場に投入する際の包括的な計画を指します。この戦略は、製品の市場投入から顧客獲得までのプロセスを明確にし、企業の目標達成への道筋を示します。
PMMは各プロダクトの専門家として、市場分析や競合調査を行い、製品ごとのポジショニングやメッセージングを明確にします。また、PMMはビジネスサイドの各部署(営業、カスタマーサクセスなど)と連携しながら、製品戦略を統一して推進する役割も果たします。これにより、組織全体が同じ方向を向いて行動できるようになります。
変化の早い市場に対応するため
変化の早い市場環境において、競合他社と差別化するためには迅速なアップデートが不可欠です。特に、SaaSは「永遠のベータ版」とも呼ばれるように、リリース後も継続的に機能追加や改善を行なっていく必要があります。
そのためには、顧客からのフィードバックを継続的に収集し、それに基づいて製品やサービスを改善するプロセス、いわゆるカスタマーフィードバックループを回していくことが重要です。
具体的には営業やマーケティングが顧客の声を収集し、要望の収集・分析はカスタマーサクセスが行います。PMMはこれらの顧客と最も近い部門と開発部門の橋渡しをする役割です。両部門と連携し、顧客の声を製品の改善や新機能開発につなげられるよう、情報の統合・整理や要望のスコアリングなどを主導していきます。長期的なプロダクト成長のためには、ユーザーやマーケットに向き合うPMMの役割は非常に重要です。
▼PMMが自社にとって本当に必要なのかチェックしたい方はこちら
PMMチェックリスト
PMMとPdM(プロダクトマネージャー)の違い
これまでも述べてきた通り、PMMはPdMの負担を軽減するために生まれたポジションです。そのため、両者はプロダクトマネージメントの業務を分担しているという風に考えるとイメージがつきやすいかもしれません。
- PdMは「どう作るか」、PMMは「何を作り、どう売るか」
- 連携する部門
- PdM:サービス開発部門(Dev)
- PMM:ビジネス部門(Biz)
- 役割
- PdM:QCDの徹底
- PMM:プロダクトグロースの徹底
- 成功指標
- PdM:プロダクトの機能や品質、ユーザー満足度
- PMM:市場シェア、顧客獲得率、収益などの市場での成果
▼PdMについてもっと詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
PdMとは?プロダクトマネージャーの役割、必要スキル、PM・PMMとの違い
PMMが担う業務の具体例
組織体制やプロダクトの成長段階によって具体的な業務内容に多少差はありますが、PMMは3つの役割を担っています。
- 市場が何を求めているのかを見定める
- 市場が望むものを言語化する
- 長期的なプロダクト成長を見据え、土台作りをする
それぞれの役割別に業務を細分化して見てみましょう。
「市場が何を求めているのかを見定める」
- 市場調査とユーザーニーズの特定
- 競合製品の分析
- ターゲットユーザーの設定(例:首都圏在住の20歳以上の男女)
- ユーザーインタビューの実施
- 統計データや業界レポートの分析
「市場が望むものを言語化する」
- プロダクトのポジショニングとメッセージング
- 競合分析結果に基づく自社製品の強みの特定
- キーメッセージの策定
- ターゲット市場の決定
- マーケティング戦略の立案と実行
- 市場投入計画の設定
- ローンチ計画の作成
- プロモーション活動の企画(例:SNSでの動画広告、インフルエンサーマーケティング)
- オンライン・オフラインイベントの企画
- セールス支援
- 製品説明資料の作成(機能一覧、競合比較表)
- セールストレーニングの実施
- 想定Q&Aの作成
- デモンストレーション方法の指導
「長期的なプロダクト成長を見据え、土台作りをする」
- カスタマーサクセスの管理
- ユーザーオンボーディング計画の策定
- カスタマーサポートチームとの連携
- ユーザーフィードバックの収集と分析
- 機能改善提案のプロダクトチームへの共有
- プロダクト戦略の立案
- プロダクトロードマップの作成
- 新機能の優先順位付け
- リリース計画の策定
- 価格戦略の最適化
- 製品のライフサイクル管理
プロダクトを新規開発する場合と既存プロダクトを継続開発していく場合では、PMMが行う業務プロセスはやや異なります。
- 新規開発の場合:
市場調査と顧客ニーズの特定に重点を置くことから始まります。具体的には、ユーザーへのヒアリングを通じて求められるプロダクトを見つけ出し、製品のポジショニングとメッセージングを一から構築します。また、マーケットフィットの達成や初期の事例獲得が重要な評価ポイントとなります。
- 既存プロダクトの場合:
既存ユーザーの利用状況分析や要望調査に基づく改善提案を中心に展開されます。PMMは、既存の機能を効率的に改善し、製品の成長を維持することに注力します。また、ステークホルダーとの合意形成や優先順位の決定が重要であり、多様な顧客属性に対応するため全体最適の視点が求められます。
このようにPMMは製品の市場投入から顧客獲得までのプロセスを管理し最適化をはかる、いわゆるGTM戦略の要と言えます。入れ替わりが早く、技術革新により次々に競合サービスが登場するデジタルプロダクトの世界においては、PMM主導で適切なGTM戦略を行うことが競争優位性の確保には非常に重要です。
PMMを設置するメリット・デメリット
現状の課題を解決するためにPMMの設置を検討している方もいらっしゃると思います。そこで、PMMを設置することによるメリットとデメリットを整理してみます。
<メリット>
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- 開発とマーケティングの橋渡し
- プロダクト開発の現場において、起こりがちな開発と営業の分断。PMMは開発サイドとマーケティングサイドの橋渡し役となり、両者のギャップを埋めます。これにより、ユーザーが本質的に求めている製品開発が可能になります。
- 開発とマーケティングの橋渡し
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- プロダクトマネジメント全体の効率が向上
- PMMがマーケティング領域を担当することで、PdMは製品開発により集中することができます。それぞれが専門分野で力を発揮することで、プロダクトライフサイクル全体の効率性向上につながります。
- プロダクトマネジメント全体の効率が向上
<デメリット>
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- 役割の重複
- PMMの役割が明確に定義されていない場合、PdMやその他の部門との業務の重複が発生する可能性があります。これにより、「誰が責任を持っているのかわからない」状況が生まれ、タスクのたらい回しにつながる可能性があります。
- 役割の重複
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- 意思決定プロセスの複雑化
- PMMの導入により、プロダクト開発に関わる意思決定プロセスが複雑化するケースが考えられます。PdMとPMMの間で意見の相違が生じた場合、合意形成に時間がかかり、プロジェクトの進行が遅れる可能性もあるでしょう。このような状況を避けるためには、責任の所在を明確にしておくことが重要です。
- 意思決定プロセスの複雑化
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- コミュニケーションコストの増加
- PMMの設置により、部署横断のコミュニケーションコストが高くなります。特に既存プロダクトにおいてPMMを新設した場合、PdM1人体制の場合と比べてコミュニケーションラインが増えることになります。そのため、PdMとPMMの間で密接なコミュニケーションが必要となり、情報共有や意思疎通に多くの時間と労力が必要になる可能性があります。
- コミュニケーションコストの増加
PMMに求められるスキル
プロダクト開発においてマーケティング領域の幅広い業務を担当するPMMにはどのようなスキルが求められるのでしょうか。
- 戦略的思考と分析能力
- 市場調査や競合分析・顧客の声の収集を行い、データに基づいた戦略を立案・最適化する能力が求められます。特に顧客の声はプロダクト改善の重要な情報源となりますが、文面そのままを受け取るのではなく、その裏に隠れているユーザーインサイトを見出す能力も求められます。
- コミュニケーション能力
- プロダクト開発のライフサイクルには社内外で非常に多くのステークホルダーが携わっています。ステークホルダーとの調整力はPMMに必須のスキルと言えます。「どの部門に働きかけると物事が上手く進みそうか」といった肌感覚や各部門を巻き込み、推進していく力も必要になります。また、ビジネス領域の責任を持つため、経営層に対して説得力のあるプレゼンテーションが出来るかどうかも重要です。
- 深いドメイン知識
- PMMは顧客の真のニーズや課題を深く理解し、それを市場へのメッセージングやプロダクト開発に活かす責任があります。そのためには、その業界や顧客についての深い理解が不可欠です。ドメイン知識の深さが、「市場にプロダクトの良さをどう伝えるべきか」「どの機能を優先的に開発すべきか」という判断の解像度の高さにつながります。
部門間での調整力が必要になること、そして深いドメイン知識が求められることから、社内の人材がPMMに選出されることが多くなっています。
しかし、PMMの需要は高まっているため、最近は社外の人材を募集する企業も増えてきました。とはいえ、PMM経験者は市場にほぼいないと言っても過言ではないため、バックグラウンドとしてプロダクト開発や新規事業企画、マーケティングの経験者がPMMとして採用されるケースが多いようです。
また、ユーザー中心の考え方で、あるべきプロダクト像を具現化するという意味では、PMMの業務はデザイン/UX領域とも関連が深く、そういった領域からのキャリアチェンジ先にも選ばれています。
まとめ
国内企業においてはSmartHRやSansanなどのSaaS企業が、数年前からPMMのポジションを設置しており、徐々にPMMの認知度も高まってきています。
しかし、海外のソフトウェア企業では一般的な職種であるのに対して、日本ではまだ定着しているとは言えず、PMMの実践的なノウハウは溜まっていないというのが現状です。PdMとの最適な役割分担も各社異なるため、自社に合ったスタイルを模索することが重要になります。
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